オウマー日記ファンのみなさまへ、オフ会のお知らせです。

 2017年6月17日(土)18時30分、新宿でやります。店はまだ決めてません。
 AKB総選挙@沖縄と同じ日です。オウマー、ヘイトスピーカー、共産趣味者etc、お待ちしてます。
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「努力すれば報われる社会」も所詮は近代がでっち上げた宗教に過ぎない

 2ちゃんねる見てたらこんなのかあった。盛り下がってるけど。
市民意識調査「努力報われる」バブル時代から39%減少/毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160917/k00/00e/040/201000c
『横浜市が年度ごとにさまざまな項目で市民の意識を調べるアンケート「横浜市民意識調査」(2016年度版)の速報値がまとまった。今年度は、生活の「価値観」や「満足度」を特集。「努力すれば報われる社会か」を尋ねたところ、肯定的な見方は15.2%で、バブル景気にわいた28年前の88年度に行われた調査と比べて39ポイントも減少し、意識の大きな変化がうかがわれた。』
 いつの時代も努力したって報われないのである。
 そもそも、「努力すれば報われる」なんて概念、近代だの民主主義だの自我だのそういったお洒落な概念が確立してから、「人間社会の理想」として編み出された宗教的概念・憲法9条まがいのお花畑に過ぎまい。封建時代に「努力すれば王様になれる」なんて臣民は思っておるまい。今だってシリアの人や飢餓線上をさまよう北朝鮮みたいな貧乏国の人が、「努力すれば報われる」なんて思ってるはずがない。そして民主主義が定着した国の人でも、生まれた時代で相当な有利不利が生じるし、生まれたときの家庭の優劣で圧倒的な差異がつき、それらはその後の「努力」にもずっと引っ張られる。根本的に、震災や事故や病気であっさり死んでしまうことから分かるように、人間は自分の運命を外的要因に束縛されている。
 なのに、特に日本では努力真理教が国民の真理として信仰され、「努力量と将来の成功量はそれなりに比例する」と信じ込むようになってしまった。その信仰が国力を押し上げ、日本を世界有数の経済大国・教育大国にしたのも事実だが。
 もう何回ここに書いたか分らない話だけど。

 今回のアンケートだって、何も驚くことはない。相模原の凄惨な殺人事件が起きても、こんな破壊的カルトを信じられるほうがむしろ不思議である。そういえば、最近「革新自治体/岡田一郎著」という本を読んだが、美濃部都政が精神障害者対策に力を入れていた話題で、『重度障害者(児)を抱えた都民から『おかげさまで、私が死ぬ前にこの子を殺さないですみました(P.88)』』と感謝したという。
 未だに努力真理教を信じてる人は、30歳過ぎてもPSIつけてIpadに「努力は必ず報われる」とか「継続は力なり」とか「四当五落」とか薄気味悪いマントラを流し続けてるだけである。かわいそうに。
imgres.png くどいようだが、「努力をしてはいけない」と言ってるのではない。結局、努力に対価を求める以上、この問題は解決しないのである。民主主義社会になって国民が豊かになっても、人間には生まれ持った階級や運命に縛られ続け生きていく。平等なのは魂の平等であり、それは重度障害者の魂も安倍晋三さんの魂も平等という意味であるが、イチローと植松聖の魂も同じという意味でもある。
 努力にそれに相応する見返りを求める以上、努力は常に危険な賭けである。いや、実際にそうなのだ。若いころの努力は、貴重な青春時代に恋愛やレジャーを捨てて行う以上、丸損になる可能性が実に高い。
 そう考えていくと、努力にしろ運命にしろ、どこか必ず宗教の領域にぶちあたる。人間はいつの時代でも、努力量や人間性と社会的成功と何も関連性がないが、人間ごときよりハイレベルな神様の目からすれば同じなんだよ。イチローも宅間守も、神様の目から見れば同じ一つの魂なんだよ。

 しかし、近代だの民主主義だのは神様なんてインチキであるがゆえに成功したのである。
 猫ってかわいいね。
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コメント
7910:努力すれば報われるという幻想 by 尊まさよ師 on 2016/09/18 at 15:06:19

遅れましたが、西村様のブログの20周年を心から喜んでおります。20年も一つの事に取り組むなんてとても素晴らしい業績だと思っております。以下はこの記事に対するコメントです。

>いつの時代も努力したって報われないのである。

私もこの意見に賛成です、むしろ結果が出ないのは個人の努力不足によるものとして個人に責任転嫁をするために努力真理教を信じ込ませようとしたのではないかと思います。大体の人は努力をしてもほとんど報われないどころかむしろ努力した分だけ徒労に終わることも多いのではないかと。結果が出ていないの人間は努力していないからだと判断するのは必ずしも正しくないのではないかと考えております。

>根本的に、震災や事故や病気であっさり死んでしまうことから分かるように、人間は自分の運命を外的要因に束縛されている。

この意見も素晴らしいですね、私は連帯保証人の制度で父親が友人の借金の肩代わりをしたために一家で没落してしまいました。それ以来連帯保証人制度を放置していた政治家や公務員にはかなり強い敵意を抱いて生きてきました。今後私の人生がしくじったとしてもただで死ぬ気は全くありませんね、確実に現行の制度を変えるまではただでは死ねません。そもそも蓮舫氏を始めとした政治家が法律を守らないんだったら、一体誰が法律を守るんだという話しです。可能な限り民主主義的な方法で変えたいですが、それも叶わなければ田母神さんがおっしゃったような超法規的な行動も許されるのではないかと思っています。

なんか感情に任せて書いたために読みにくくなっているかもしれませんが、西村様のこの記事は生きづらさを感じている人を救うような内容だと思います。

7908: by 北教祖 on 2016/09/18 at 10:11:17

努力真理教はオウムやアカとは違って、
実体が見えにくい厄介なカルトですね。

自分もまいんどこんちょろーるされて、すっかり疲れちゃった。
しかも抜けきってないのがまたしんどいです。



「ダメ人間だった私が今、成功している。だからあなたも頑張れ。」

自己啓発の常套句ですが、罪ですよね。
ダメ人間に希望を与え、わずかばかりの成功者を出す可能性もありますが、大半の人はさらに疲弊させて終わりです。
そして、わずかばかりの成功者がまた自己啓発書を出し、次の世代に受け継がれていく。

「ダメな私がこうなった」のは事実なんでしょうが、頑張る過程で運も良かっただけの話です。

「ダメな私」のほうが人目を引き、ウケがいいからビジネスとして成立しやすいし、なくならないのでしょう。

個人的には、頑張ったら、良くなるかも知れないし、良くならないかも知れない、というのがもっと流行ればいいなと思ってます。
と、そんなことを言ったところで、誰も見向きもしないでしょうね。だから今まで「頑張ってもよくならない」真理教が流行らないわけですし。
もっとも、最近は気付き始めて、今回のアンケート結果に現れているのでしょうが。若者の冷め具合もそうなのでしょう。

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 西村雅史。元オウマー。大昔「オウム真理教大辞典」を共著で出して「これで幸せになる」と思ったらかえって不幸続き。糖尿病も悪化し、眼底出血で失明に怯えてます。

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