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「不謹慎」の誕生:オウム真理教報道がもたらしたもの

 「オウム事件真相究明の会」以来、馬鹿の代名詞と化した森達也であるが、彼はけっして馬鹿ではないし、彼の理解者も多い。
 現に新しい出版物を上梓し続けているし、大新聞やテレビ局は定期的に彼を使う。何故かといえば、彼の言ってることに一理あるからである。
 しばしば彼は、「オウム事件を契機に日本は変わってしまった」という。ある意味これは当たっているのだ。いや、オウム事件ならぬオウム報道が、その後の日本に重大な影響を与えた。明らかにあの頃に、「何か」が変わってしまったのだ。

千鳥ノブ、ヒカキン、山田優らに「偽善」「売名行為」 西日本豪雨での“不謹慎狩り”に変化?/AERA.dot
https://dot.asahi.com/dot/2018071300051.html
『害時の芸能人の言動に批判が殺到し、炎上する状況は2016年の熊本地震以降、「不謹慎狩り」と呼ばれている。『炎上とクチコミの経済学』の著書がある、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏は、この不謹慎狩りに変化の兆しがあると指摘する。』
salingame.jpg 不謹慎狩りの始まりは2016年の熊本地震以降。この言葉に、我が日記の愛読者全員が違和感を持つだろう。不謹慎狩りが始まったのは、1995年3月20日にオウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件以降、徐々に形成された「被害者」を殺し文句にし始めた頃である。「不謹慎」を産んだのはオウム真理教である。ネットの揺籃期だったあの頃、「地下鉄サリンゲーム」や「上祐ギャル」が「不謹慎」と呼ばれ、サリンゲーム以降も作られた一連の殺人事件を扱ったゲームは、「不謹慎ゲーム」とカテゴライズされた。
 そして、実際に多くの人が「不謹慎」だった。
 
 それ以前に起きた「宮崎勤幼女連続殺人事件」がその嚆矢だった。あの事件で、左翼マスコミは宮崎勤さんの人権を守らなかった。Oという左翼評論家は、死刑廃止を止めたくなる旨発言した。要するに、人権に例外が設定されるようになったのだ。それまでは、どんな殺人鬼であっても、メディアは「リンゴの気持ち」を報道しようとした。そして、川俣軍司や丸山博文のような大量虐殺魔に対して、死刑判決が出なかったこともある。彼らに比べれば、手首に重大な疾患を持った宮崎勤の方が、同情の余地があるだろう。「疑惑の銃弾」のような集中報道もあったが、大新聞は後追いせず、視聴者も娯楽として楽しんでいた部分が大きかった。
 しかし地下鉄サリン事件で、人権に例外を設けて良いことが確定した。否、それだけではなかった。「被害者の気持ちを考えろ」「被害者の人権が優先」という被害者攻撃の定着。過去の言論を掘り起こして、吉本隆明や栗本慎一郎や中沢新一のような「文化人」を執念深く叩く手法。それが嵩じて、島田裕巳氏のように失職させ社会的に抹殺するまで攻撃する魔女狩り手法。その際に、坂本弁護士や高橋シズヱを神格化して、相手を反対しにくくしていく... まさに今のぱよぱよちーんなネット論壇とそっくりである。
 これらの手法は全て、現在は保守派(左翼は「ネトウヨ」と呼称)が常套手段として使っている。殺人事件が起きれば「被害者の気持ちを考えろ」、左翼文化人・左翼学者に対する容赦ない罵倒、時にはそれが相手の社会的抹殺にまで及ぶ「電凸」(それを左翼がやったのが「ぱよぱよちーん」)、横田めぐみさんをはじめとした拉致被害者を盾に、嫌韓嫌北朝鮮を押し通す手法... 全てが「オウム真理教地下鉄サリン事件以降」に誕生した手口の応用編である。オウム報道直伝でないのは、「本名探し」くらいではないだろうか。
 そして時は経ち、「オウム真理教を擁護するものは社会的抹殺も可能」だったのが、「日本を貶める共産党・左翼を擁護するものは社会的抹殺も可能」になり、それどころか今や「アカ」はポライトな表現となり。アベノセイダーズの類には「国籍変換」が行われるのが一般的である。反日左翼の江川紹子の権威は落ち、オウムバスターズのエース格だった有田芳生がオウムの手先の代名詞を背負っているのは、飼い犬に手を噛まれたようなものだ。
 オウム報道が産み出したもの。それは、被害者と叫べば自分を神の位置に置くことが出来るという発明であり、被害者様の味方というお墨付きを得れば、相手をノーガードでボコれることができるという特権であった。佐々木俊尚氏が「当事者の時代」で使った「マイノリティー憑依」である。あえて書けば「被害者憑依」だろうか。

 オウム真理教地下鉄サリン事件以降、流れが大きく変わったのは事実だと思う。おそらく、もう戻ることもあるまい。私達はインターネットの急速な発展によって、あまりに多大な恩恵を受けている。インターネットの言論を規制するのには大反対である。
 しかし、オウム真理教事件で重宝された「被害者」が、ある時は「民主主義」ある時は「国益」と形を変えて、オウムバスターズどころかマスコミ全体を苦しめているのだ。もはや止めることはできまい。オウム報道の発明品「不謹慎」も、形を変えて、今度は視聴者の側からマスコミや評論家に向けて襲いかかってくる。
 攻守が入れ替わってしまったのだ。

 ではまた。
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 西村雅史。元オウマー。大昔「オウム真理教大辞典」を共著で出して「これで幸せになる」と思ったらかえって不幸続き。糖尿病も悪化し、眼底出血で失明に怯えてます。

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