(いじめ)皇子山中学「自殺の練習」リンチ事件判決者になるは、司法の良識を示した
教育 - 2019年02月22日 (金)
「自殺の練習」民事裁判、加害者に高額の損害賠償
少しご紹介が遅れてしまいました。
2月19日に、大津地方裁判所で画期的判決がくだされました。
いじめ自殺で同級生2人賠償命令/NHK
https://www3.nhk.or.jp/lnews/otsu/20190219/2060002070.html
『8年前、大津市で自殺した中学2年の男子生徒の両親がいじめが原因だったとして当時の同級生3人を訴えていた民事裁判で、大津地方裁判所は同級生の暴行などが自殺の主な原因だと認定したうえで、3人のうち2人に対し、あわせて3700万円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。』
『父親は19日の判決について、「いじめをめぐる訴訟を大きく前進させるもので、いじめと自殺の因果関係を認めた画期的な司法判断だと思います」と評価しました。』
『「この裁判は息子だけのものではなく、いじめの被害に遭う多くの子どもたちの命を救う裁判だと思って頑張ってきました。』
マスコミが「いじめ」と呼ぶ「自殺の練習」リンチ殺人事件の中で、特にこの事件は犯人の残虐な手口がゆえに衝撃が大きく、大津市教育委員会委員長へのテロ(殺人未遂)事件まで勃発した。滋賀県に「いじめ県」の蔑称を与えた「自殺」とは名ばかりの殺人事件。否、殺人だけではなく、指導者たるべき教師が黙認・奨励したのをいいことに、強盗・恐喝・強要などを繰り返した。
しかし、悪質極まりない人権侵害にもかかわらず、多くの大新聞やテレビは「いじめ」の名の下、中にはあたかも青春の1ページであるかのように語るものもいた。
そのような現状の中、今回の判決で、「いじめ」なる残忍非道な犯罪に対して。民事事件で高額の損害賠償が支払われることになったのは画期的である。

否、「語られることがない」どころか、殺す側に立つ人間は必ず「在日朝鮮人やLGBTがいじめの犠牲者になる」「これは日本社会の縮図だ」などと必至に論点をそらし、自らの加害性を反省するどころか卑劣な手段で隠蔽する。
地下鉄サリン事件以降、右も左も「被害者の気持ちを考えろ」と強調する。しかし、学校で起きるリンチ殺人事件も強姦・強制わいせつ事件も、ちっとも被害者の気持ちを考えない。考えれば、自分は加害者陣営たらざるをえないからだ。
「いじめ防止法」教師も処分の対象に改正の動き
この種の事件では、必ず主犯が未成年であるため、刑事事件に問えなかったり、少年法の壁で厳罰に処されることはまずない。
しかし、監督責任がある教師は成人であり、責任を問うことが可能である。
大津いじめ事件できっかけの「いじめ防止法」 実効性強化へ改正の動き/産経新聞
https://www.sankei.com/affairs/news/190219/afr1902190027-n1.html
『今国会では、教員らに対し、いじめの疑いを把握しながら放置することを改めて禁止し、不適切な対応があれば懲戒処分対象にすることなどが盛り込まれた議員立法の「いじめ防止対策推進法改正案」が提出される見通しだ。』
是非とも、教師の懲戒処分を加えた「いじめ防止対策推進法改正案」を成立させて欲しい。
あと、もっと警察を関与させるのが良いと思う。こういうことを言うと、すぐに「国家権力の介入」「学問の自治」とヒステリックに反対する人がいるが、勘違いも甚だしい。1970年代の大学だって、教員で「自治」が不可能になったにもかかわらず、「大学自治」を叫び警察の積極的介入を拒んだがゆえに、珍棒団運動は過激化して、お互いに殺し合いを始めるのを黙って見過ごしたのだ。
教師で「自治」できぬ以上、警察の導入は当たり前すぎる当然のこと。いつまでも被害者でいられると思わないで欲しい。
しかし、「いじめ防止対策推進法改正案」のような話になると、日頃弱者の味方ぶってる練習の化けの皮がベロリと剥がれ、次々と「殺す側」に立ち、嬉被害者の傷口に嬉々と塩をこすりつける。
ではまた。
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